私のところには、

「死にたい」「手首を切った」

そんな相談が来ます。

私が言うのは、

「君が死ぬのは哀しいよ」

それだけです。

すると大体

「ごめんね、哀しませて。でも死にます」

と返ってくる。

これでこの子は死にません。

なぜでしょう?

意識が外へ向きます。

彼らの意識構造は閉鎖的で内へ向いていますから、

それを外に向けさせる。

それだけでとりあえずは助かります。

そこで今度は親と話します。

お母さんに毎晩一緒に寝て、触れ合ってください、

とお願いするのです。

いま、子どもを全然抱いていないでしょう。

保育園に預けても、数人の先生では

子ども全員を十分に抱くことはできない。

車ではチャイルドシートに乗せて、

全然抱いていないですよ。

たとえ十代になっても二十代になっても遅くはないから、

お母さんに彼らと触れ合って、抱き締めてほしいとお願いします。

抱き合えばいいんです。

触れ合えばいいんです。

言葉はいらない。

大人たちは頭を使い過ぎますよ。

子どもたちが待っているのは、考えてもらうことじゃなく、

そばにいてくれることです。

それを頭で考えて、言葉でこね繰り回すから、

むしろ言葉で子どもたちを傷つけて追い込んでいる。

教員と生徒も、親と子も、社会全体がそうです。

愛し合って認め合いたいのに、針を出し合う。

例えば、娘が深夜一時頃帰宅した。

親はもう泣きたいくらい心配なんですよ。

玄関のドアが開いた瞬間、本当は、

「やっと帰ってきた。心配していたんだよ」

と言いたいのに、

「何やっていたんだ、こんなに遅くまで」

と言ってしまう。

一方、娘は家に帰ったら、

「遅くなってごめんね」と言おうと思っていたのに、

親に強く言われたものだから、

「うざいんだよ!!」と言ってしまう。

「何だ、その口の利き方は。おまえなんか帰ってくるな!」

「分かったよ、出てけばいいんでしょ!!」……。

素直になればいいんです。

そして、言葉を捨てればいい。

教育に余計な言葉はいらない。