母親になることに強い思いをもっていた母は、
子育てに熱心でした。

布おむつを使い、母乳にこだわった。
子どもの思いに寄り添う母親でもあった。
(布オムツや母乳が悪いと言ってるのではないよ!)

自分のストーリーを他者に生きさせようとすることは暴力です。

たとえ身内でも。

ストーカーやDVも同じで、思い通りのストーリーを相手が生きてくれないときに怒りが爆発します。

子どもは、親のつくった物語の通りに生きられるはずがなく、
そんな子どもを親はある時期から拒絶し始めるのです。

暴力、暴言、無視、過干渉。
思い通りにならないというストレスを抱えきれなくなった親は、それを子どもに向け始めます。

子どもを叩いてはいけないということを、親は十分わかっています。

わかっているのに、叩く。

わかっているのに、暴言を吐いてしまう。
そうせざるを得ないところまで追い詰められている。

子どもを殺してしまった親たちは、その直前のことをよく覚えていません。
認知が歪んでしまっている。解離している場合もあります。
思考停止の状態がほとんどです。

このままでいいのかな。と思った時は、
弱みを見せられる場所を作ろう。
思ったほど社会は冷たくないのだ。

子どもは子ども自身で育つ力があるのだ、と
自分以外を信じることも必要。

出口は必ず、あります。

近頃は犯罪を犯す少年少女の多くは

過干渉に育った子というデータが報告されています。

過保護と過干渉の良し悪し。

境目、バランスが必要です。